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ショカツリョウコウメイ 諸葛亮孔明 zhugeliang(標)* >>関連項目一覧


*(標)-標準話、(広)-広東語での発音表記。

日本ではショカツコウメイ諸葛孔明が一般的だが、孔明は字(あざな)、呼び名で、正しくは諱(いみな)、 本名の亮を用いるのが正しい。中国の歴史上の人物で、後に民間に流布した物語や14世紀頃まとめられた 小説「三国志演義」で民衆に人気があったようだ。「三国志」の「蜀書・諸葛亮伝」には 「諸葛亮、字孔明は琅邪陽都(ろうやようと)の人」と書かれている。西暦234年(魏・青龍二) 8月、五丈原の陣中で54歳で病没。

成都(チョントゥー Chengdu)には武侯祠(ウーホウツー wu hou ci)があり、 武侯、諸葛亮が祀られている。祠内の殿には劉備、諸葛の塑像がおかれている。 元々、成都の城内に建てられていたが14世紀末に漢の劉備を祀った昭列廟と並んで 建てられ1つの境内とされた。

日本でも古くは太平記、義経記などの軍記物語にみられ、 水魚の交わりの故事が引用されている(菅野礼行「日本における諸葛こう明像(一)」―加地伸行篇人物往来社)。 これらは三国志、資治通鑑等の史書からとったもので、いずれも孔明を忠臣の鑑としている。

中国で14世紀中葉にまとめられた小説・三国志演義では孔明は奇計百出の軍師として描かれ、 日本では元禄二年から五年(1689-1692)にかけて翻訳紹介(湖南文山訳「通俗三国志」50 巻・訳者天竜寺の僧義徹・月堂兄弟といわれる)されて以来知恵者の代名詞となっている。 「三人よれば諸葛亮の智恵」ということわざも。中国語の辞典には「諸葛亮会(-hui)」という語があり、 創意工夫の優劣を決める、職場の改良意見を出し合う会のことをいう。

また、当時の読者の間で「要領のいい男」とも思われたらしい。小説が紹介されて60余年たったころの川柳で 「煤掃(はらい)の孔明は子を抱いて居る」(明和二年刊「誹風柳多留初篇」所収)と詠まれている。

名前の「諸葛」姓については、陽都県に移ったときに葛姓の一族がいたので、もとの「諸県(山東省) の葛氏」という意味で諸葛にしたとも、秦代の祖先が諸県の侯に封じられて以来諸葛にしたとも。

劉備と孔明の出会いは、三顧の礼や、水鏡が「伏竜か鳳雛(ほうすう)を得れば天下をとれる」といったエピソードが有名。

 
関連項目一覧
中国 【文化地域項目】
スイキョウ(水鏡先生[司馬徽]) 【中国:三国志:人物】

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